2007年7月21日土曜日

半ライスへにじむ愛 熊大路

昨晩、友のタくんから電話があり、ラーメンを食べにいくことになった。食べに行ったのは、札幌ラーメンである。つい先日、仕事で札幌へ行く機会があり、本場札幌ラーメンを口にできるのを楽しみにしていた。そればかりか、ウニ丼、いくら丼、ジンギスカンなど、北海道ならではの新鮮な食材を口にできることをとても、楽しみにしていたのであった。しかし、実際に食したものは、ラーメンはいまひとつ、魚介類の寿司もいまいち。さらには一杯2000円も出してかき込んだウニいくら丼もそれほど舌を喜ばせるものではなかった。むしろ、美味しくなかった。それぞれのお店の看板には、北海道○×選手権チャンピオンなどという文字がしっかり踊っていたし、店内は地元の人らしきお客で賑わっていたのにである。一体、これはどうしたものだろうか。私の分析では、恐らく、北海道の民は、食材の新鮮さで味つけする必要がなかった地の利から、料理の腕を磨くことを忘れてきたに違いない。そこに来て、近ごろは、自慢の食材も出所がわからない怪しげなものが増えているに違いないのである。いささかこれは、暴論かもしれないけれど、北海道の食材至上主義が今は、ピンチな場面に直面しているのである。そこに来て、昨晩訪れたラーメン屋「熊大路」は、東京都は狛江に店を構える。いくと数名の客がずるずるとラーメンをすすっている。決して、有名店ではない。しかし、味は一級品の札幌ラーメンである。麺のこしが、初めて口に入れる人にとっては、未知の食感なのである。きっと、ここは取材拒否店なのであろう。店員の手慣れた手つき、それには、誇りすら感じられる。半ライスをよそる手つきでさえ。お店への、お客への、ラーメンへの愛が滲んでいるのを私は、目撃してしまったのだった。

2007年7月19日木曜日

老いげの至り

リさん。若かげの至りのシンボルとして考えていた人物も決して若くないことが今日判明した。顔が童顔で、天真爛漫というだけで、随分若い人物と思い込んでいたけれども、決してそんなことはないらしい。老いてこそ理解できる心境というものは確実にある。例えば、落語や時代劇、伝統工芸やボブ・ディランン、そして塩辛などが、老いてこそ理解できるものの代表例といえよう。リさんとは音楽の趣味が随分合いそうで、音楽の話ができる友ができて嬉しい。老いてこそと言えば。上海倶楽部である。もう長年通っている昭和風アート居酒屋である。ここの店長は、本当に若い。実際の年齢も別に老いているわけではないけど、見た目よりもずっと若い。多分十代くらいの感性をお持ちなのである。これは、もはや、何と言うか、人間国宝とは言わずというも人間都宝くらいにはなる人物である。でもしかし、あんなにいい店でも繁盛させるのは難しいと聞いて、ほんまでっか、という気持ちになった。というわけで、近々、上海倶楽部サイトをオープンさせようと思った次第。まあ、ブログだけどね。

2007年7月17日火曜日

若気のいたりの美しさ


熱心に説明することの美しさは、何だろうか。今日は、会社へ行った。そして、会社の流儀とやらを、肌で感じる日だった。そこにおられるリさんというヤング社員は、必死になって、いろいろな努力を重ねていた。その必死さは、まだ、会社に馴染みもしていない自分にも手に取るようにわかった。体当たり。そんな言葉がしっくりとくる、ぶつかり具合なのであった。「もしもし、重々承知です。でも、できるだけ早くしてください」と。私は、ニタニタとしてしまった。なんだか、リさんのそのぎこちなさが、とても大切なものに思えたからだ。そして、ただがむしゃらなだけではなく、プイライベートを大切にする精神にも、若さを感じた。「その日は、個人的な理由で、ちょっと別な日に変えてもらえないでしょうか」。ああ、そんなことを平然と言えぬ生活を強いられてきた我が身を、私は少し本気で恥ずかしいと思ったのだった。しかし、若気の至りというものは、本当に、美しいものである。そういう風に私は感じた。

語り ダブルヘッダー


妹の子どもたちと一緒になって、まんが日本昔話をみた。最近、再放送されていたあれである。偶然母親が、どこからかもらってきて、実家にあったものだ。子どものとき以来、見ておらず、市川悦子の語りって、どんなものだったかなと、ずっと気になっていたので、せっかくの好機と感じ、ない時間のなか、観てから帰ることにしたのだった。男の語りは、常田富士男という人らしい。観たのは、豆がころころと転がる話で、何ともファンタジックなシーンがある話。内容は、まあ、いわゆる昔話でありがちとも言える話ではあった。しかし、彼らの声の表現の豊かさは一体なんなのだろう。あんだけの声色をたった2人が、代わる代わるやっていると思うと、ただただ溜め息ばかりが漏れるのだった近くに座る、めいとおいも、まだ幼いのに、まだ内容を理解しているわけでもないのに、すっかり聞き入っている様子だった。語りには深い深い深淵な何かがあるなあ、そう感じる瞬間でした。
その夜、また、門天、知人がやっている紙芝居を観に行った。良い刺激になった。とても音楽的で、音楽紙芝居劇団とも呼べそうな編成。こちらはこちらで楽しかった。

2007年7月16日月曜日

結婚  籍を入れるかどうしよか


「スズキ家のディナーがあるから、明日夜空けておいて」
妹からの電話があり、昨日がその夜だった。
散歩しながら約30分、実家に着くと、華々しい顔、顔、顔。
姉(36歳)、姉娘(16歳)、姉息子(14歳)
妹(33歳)、妹旦那(34歳)、妹息子(4歳)、妹娘(2歳)
弟(30歳)、弟彼女(23歳)
自分(34歳)、以上。
いわゆる家族会である。というよりも兄妹会である。焼き肉を食しながら、みんな好き勝手を言うスズキ家の人々。


弟「夏くらいから、彼女と一緒に同棲しようと思っている」
妹「同棲するくらいなら、そのまま結婚しちゃいなよ。いいきっかけなんだから」
自分「そうだよ。別に、今の時代、嫌になったら、離婚しちゃったっていいんだからさ。勢い勢いが大切」
姉(離婚経験者)「駄目だよ、そんなのー。無責任だよ。離婚して大変なのは、女なの!男は、結婚するからには、ちゃんと責任取るつもりで、結婚しなきゃいけないの! カちゃん(弟彼女)もちゃんと、ダ(弟)のこと見極めて、この人でいいかどうか見抜かなきゃ駄目だよ!」
弟「カちゃん、(結婚は)少し待ってもらわなきゃできないけど、オレのこと見捨てない?(自嘲気味に)」
弟彼女「あっ、はっ、はい(困惑気味)」
自分 (2人を、見守る兄のつもりで、柔らかい微笑を浮かべる)
姉妹「結婚がゴールじゃないんだからさ、タ(自分)も結婚できないことひがんで苦笑いしてないで、自然にやってりゃいいんだよ、自然に。焦っちゃ駄目駄目」
自分「(はぁー? 誰がひがんでんねん!誰が焦ってんねん!誰が苦笑いしてんねん! これでも、ほほえんでんのっ!)は、はい。。。。でも、オレ、5年間の付き合いを2回して実らなかったら、ダ(弟)も気が変わる前にやっぱ籍入れた方がいいよ」
弟「カちゃん、5年間付き合って、プロポーズしなくても、オレのこと見捨てない?」
弟彼女「あっ、はっ、はい」
自分(微笑み=一層ひきつった苦笑い。)


4人きょうだいがいると、楽しいのは、いろいろな人生をいろいろな視点で持ち帰ってくるものだから、人生のいろいろな見方がリアルに体験できて、勉強になる。
友人知人に人生経験を聞くというのも、もちろん勉強になるけれど、ときとして、誰かが第三者に人生を語る場合、都合のいいように改ざんされているだろうから、リアリティという意味においては薄れる。きょうだいの人生談ほど、骨身にしみるものはないなぁ、そう思った夜だった。離婚済みの姉ちゃんの発言重かったなぁ。ちょっと心配だな。大丈夫かな。

2007年7月14日土曜日

どう受け止めていいかわからない表現の受け止め方


門前仲町を降りてすぐというところに位置するベヌーがある。門天ホールと呼ばれるライブスペースだ。以前、知人に招かれ、鍵盤ハーモニカのライブを観て以来、ずっと気になる場所だった。きょうは、ここで向井山朋子さんというピアニストのライブがあるからと、門天のドンであるクさんから、「来てくれ」となかば無理矢理に予約をされて、ピアノを聞きにいくことになった。別に気乗りがしなかったわけでもないけれど、ひとりで寂しくライブというのも、いかがなものかという気がしていた。ライブ自体は、シューベルトのピアノ演奏と、サンプリングをして集めた街の音の数々のコラボレーションというユニークなものだった。演奏は素晴らしかった。ヨーロッ仕込みの一級の腕には、ただただ唸らされる。ただ、サンプリング音の方とのコラボレーションは、うーん、もう一歩という感じだった。この手の現代アート的アプローチの表現は、ときにどう受け止めていいか困る。まあ、それこそが新しい表現の目論みだから、私などは、まんまとその罠にはまっているのだと思う。しかし、戸惑うのは事実。こういう場合どうすると居心地がよくなるのだろう?今日、自分は新しいスタイルの芸術表現の受け止め方を発見した。それは、その時間、空間、経験を自分の瞑想空間にすればいいのだ。頭のなかで、その場を自分の部屋にしてしまえばいい。他のお客さんの顔は、壁に描かれたパターン、前で揺れるピアニストはダンシングサボテン、空間を埋める熱気は暖房の風。そうイメージして、目をつぶると、あっと言う間に素晴らしいところに自分がいると思えた。こうして、いろいろファンタジックなイマジネーションが、脳にぶはーっと渦巻く、素敵な時間が創出されたのだった。

さらば 悲しいお別れ


男女の仲や親友や親類の死別のほかに、お別れをするのが名残惜しいと感じることはめったにあるものではないと、私は思う。しかし、ここ1年と6ヶ月の間お世話になったB社の人々とは、別れるのがさみしかった。外資系であるB社の社員は、その9割が帰国子女である。そういう土壌があるからか、彼らは人に対しての偏見を多く持たない。そう感じられる人々なのだ。それに彼らとは、ユーモアのセンスが自分ととてもよく合った。くだらないことを、平日の昼間から話しつつ仕事をするというスタイルは、これまでのどこの会社にもなかった形だったように思う、だから、このオフィスは笑いがあっちこっちで起こっている会社であった。しかし、今日は、私にとっては、最後の日となり、みんなになかなか会えなくなるのかと考えると切なくなってしまった。大人のお別れが、辛いのは、大人になればなるほど、本当に話ができる人が減っていくからだろう。